2010年09月30日

海原雄山ー雁谷哲=北大路魯山人?

嫌いな物が三つある。詩人の詩、書家の書、料理人の料理。
--良寛--

美味しんぼの海原雄山といえば北大路魯山人がモデルである(一応作中では「魯山人を目指す創作家」とされていて同一視はしてない)。というわけで読んでみたが、意外と気難しいだけで他人にその趣味嗜好を強要する風はなさそうな気がする。味覚に興味も無いのに「うまいものを食べる秘訣」を聞いてきた記者に「空腹にすればよい」と答えちゃうくらいである。理解の無い人間と衝突するくらいなら放っといてくれという感じではないのだろうか。

思うに海原雄山の傲慢で傍若無人さというのは、戦後教育世代の雁谷哲そのものではないのだろうか。結論ありきで議論を許さない論調とかな・・・閑話休題。

で、このエッセイ集にはいろいろなところで聞いた魯山人エピソードが結構載ってたので、魯山人について書いた人はこのエッセイを元にしてたのかな、って感じの原典。例えばトゥールダルジャンの名物「鴨のオレンジソース」をソースをかけるのを止め、持参したわさび醤油で食べるエピソード。通ぶって塩をかけるより普通に醤油でいいじゃないかの納豆の練り方など。ちなみに鴨の話はちゃんと鴨の味はしっかりしていたと、かつての三ツ星レストランを褒めていて、旨いものに対する正直さと自信がうかがえる。

美味しんぼ見たことあるなら雄山とごっちゃにされた魯山人の名誉回復のために是非読むべき一冊。

(書評ここまで、あとは駄文)
さて、この本で度々出てくるのは良寛の言を基にした「料理人の料理」のくだらなさである。確かに流派にのっとって本質を失ったり、一度決めた献立を死守するあまり創意を失ったりということを指しているのだろう。でも、自分の同人活動を料理に例えると、やはり趣味人は趣味人であり、それが工夫をこらしたところで料理と呼べるかも疑わしいのである。

先日とある人に作品を披露したのだが見事にスルーされてしまい、評価にも値せぬ駄作であったかと落ち込む次第。マァ、昭和の財界人に例えれば岩崎や大倉といったレヴェルなのでこちらが身の程知らずと言えんでもないが、今後の参考になる意見すら伺えないというのはショックであるな。

ただ、趣味に走ったものは趣味を理解でき者にしか理解できぬからこちらから見せに行ったのは失敗だったのだろう。「まずい」と評判の彦龍(閉店したが)は自ら「まずい」を喰いたくて足を運ぶ客相手に「まずい」物を出すから商売として認められるのであって、アレを学校給食などで強制的に喰わせたら傷害罪くらいにはなるかもしれん。今ならモンペからPTSDの賠償だな。

うん、やっぱり自分のつくるものは「旨い」わけではないから自ら求めに来る人のみを歓迎するのがいいのかもしれない。・・・これが魯山人の「星ヶ岡茶寮」なのかもしれぬ。何が出されたかは知らないが、誰にもわかる美食ではなく、魯山人の薀蓄を聞きたがる者しか楽しめぬ料理が出ていた筈である。
posted by たわらった at 00:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評(漫画・ゲーム・映画も) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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