2011年02月20日

政権交代で必要だったもの

そうです。政治は中道を行かなければいけません。
--三島由紀夫「我が友ヒットラー」--

大河ドラマではないが明智光秀は織田信長を討ってどうするつもりだったのか?新しい政権のビジョンとか記録に残して無い所を見るとやっぱり私怨なのかねぇ。

というわけで政権交代を磐石にするのに必要なものは何か、について語られた戯曲が三島由紀夫の「我が友ヒットラー」です。あらすじはこんな感じ・・・「1933年ヒトラー首相就任。ヒンデンブルク大統領は既に病床にあり、死後大統領の地位に就くのは時間の問題である。しかし彼は政権の安定化のため、党の重役二人を呼び出して問いただす。『君は革命の意志を未だ持ち続けているか?』全く対照的な二人の反応とは?そして二人に訪れる共通の運命とは?」

史実を知っていれば結末までお見通しなのですが、登場人物二人が極端に正反対に設定されているところに漫画的面白さがあります。一人は教養なき軍人、そして結党以来の親友、そして国防軍に代わる党私設軍で過去の外交的恥辱を返上する事を願うエルンスト・レーム。もう一人は理想主義の学者気取り、党分裂危機を何度も生み出す政敵、共産主義にも似た貧困層の所得配分増加を願うシュトラッサー。片方は来るべき運命に気付き動き出し、片方はそんな不安を一笑に付す・・・

そして訪れる結末・・・道義的な賛否はさておき、政権は磐石なものになったのは確かです。某国の政権は政権交代だけを目標にし、その後どうするかは考えていなかったようですね。その後どうするかは、それまで調子のいい事を言っていた人や、資金だけ出していた人とは異なる人材が必要だったはずです。・・・もっともそんな人材がいなければどうしようもないですが。

戯曲なので小説的な描写や行間にこめられた意味は少ないですが、政治大荒れの今、いろいろ考えさせられる作品でした。
posted by たわらった at 01:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評(漫画・ゲーム・映画も) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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